幸運とか不運とか。
今日、両親に会った。
8月に会ってるから約2ヶ月振りになる。
庭で作ったという野菜と栗おこわを持ってきてくれた。
で、最近あったことなどを話しながら、栗おこわを食べ、浜松の駅まで車で送っていった。
浜名湖や海などがきれいに見える道があるので、まともな親孝行ができない自分にとっての
せめてもの親孝行のつもりで・・あくまでもエセ親孝行だが。
で、その帰りの車中、ハンドルを握りつつ、ふと・・変なことを考えた。
「人間の一生は運から始まるんだ」と・・・
辺りが暗くなって独りで運転しているとかなりおかしな思考になってくるもんだ。
あの二人が結婚したのも、ある意味不思議な運。
だから自分がこの世に産まれたのも運。
もし、自分の親が片方でも違えば、全く違った人生を歩んでいたのだろう。
運命からは決して逃れることはできない。
昔、反抗期のころ
「オレは産まれたくて産まれてきたわけじゃない!」と言って
母親を悲しませたことがあったが、ふと、今、考えると
「母親だってオレみたいな子を産みたくて産んだわけじゃないんだろうな」と。
いや、
「こんな子に育つとは思わなかった」といったところだろうか・・?
この歳になって初めて、当時の自分に怒鳴りつけてやる言葉が見つかった。
「子供は親を選べない、同じように親だって子供は選べないんだ!」と。
実際、弟はデキがよくまっとうな人生を歩んでいる。
しかしながら、同じ親から産まれたオレは・・つまづくことが多いなぁ。
結局、生きる基礎は親が作ってくれたが、その基礎を生かせるかどうかは
自分にかかっているということなのか。
単なる運でこの世に産まれた自分ではあるが、運命に関わる部分を排除しようと
両親は懸命にオレをしつけ、そして、生きる基礎を作ってくれた。
できは悪いが、法に触れることはしていない、親のお陰だ。
結局、人生っつうのは自分次第というわけだ。
この両親から産まれて幸運だった、と言えるように生きなくては・・
それが、子供のつとめのような気がしてきた。
この暗闇がオレを哲学者に変えた・・・
8月に会ってるから約2ヶ月振りになる。
庭で作ったという野菜と栗おこわを持ってきてくれた。
で、最近あったことなどを話しながら、栗おこわを食べ、浜松の駅まで車で送っていった。
浜名湖や海などがきれいに見える道があるので、まともな親孝行ができない自分にとっての
せめてもの親孝行のつもりで・・あくまでもエセ親孝行だが。
で、その帰りの車中、ハンドルを握りつつ、ふと・・変なことを考えた。
「人間の一生は運から始まるんだ」と・・・
辺りが暗くなって独りで運転しているとかなりおかしな思考になってくるもんだ。
あの二人が結婚したのも、ある意味不思議な運。
だから自分がこの世に産まれたのも運。
もし、自分の親が片方でも違えば、全く違った人生を歩んでいたのだろう。
運命からは決して逃れることはできない。
昔、反抗期のころ
「オレは産まれたくて産まれてきたわけじゃない!」と言って
母親を悲しませたことがあったが、ふと、今、考えると
「母親だってオレみたいな子を産みたくて産んだわけじゃないんだろうな」と。
いや、
「こんな子に育つとは思わなかった」といったところだろうか・・?
この歳になって初めて、当時の自分に怒鳴りつけてやる言葉が見つかった。
「子供は親を選べない、同じように親だって子供は選べないんだ!」と。
実際、弟はデキがよくまっとうな人生を歩んでいる。
しかしながら、同じ親から産まれたオレは・・つまづくことが多いなぁ。
結局、生きる基礎は親が作ってくれたが、その基礎を生かせるかどうかは
自分にかかっているということなのか。
単なる運でこの世に産まれた自分ではあるが、運命に関わる部分を排除しようと
両親は懸命にオレをしつけ、そして、生きる基礎を作ってくれた。
できは悪いが、法に触れることはしていない、親のお陰だ。
結局、人生っつうのは自分次第というわけだ。
この両親から産まれて幸運だった、と言えるように生きなくては・・
それが、子供のつとめのような気がしてきた。
この暗闇がオレを哲学者に変えた・・・

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